トニーアウスラー行ったよ〜
科学と魔術のせいで生まれる二面性の話がアツかった。
例えば水晶は、人工衛星やコンピューターの中に組み込まれる現代科学に必要不可欠なものだし、また、癒しや魔除けの象徴としても使われる側面もある。
技術が複雑になればなるほど、人はそれを神話や象徴のように感じる。科学に使えるから信仰されているのか、はたまた信仰されているから科学に使われるのか。
つまり、「十分に進歩した科学技術は、魔法と見分けがつかない」Byアーサー・C・クラーク、ということ。
トニーアウスラーは、見る/見られるとか、プライベートな場所→パブリックな場所(つまり監視社会)みたいなことに結構触れていた。
そもそもアウスラーに頻繁に扱われる、プロジェクターを四角形から解放したようなメディア自体からも、視点を変える!というドデカテーマが感じられる。
これって、BHでも同じ話聞いたぞ、、、?と、思い出した話がありました。
S側は、MにMが望むプレイをしてあげている時点でMに「御奉仕」している。
つまり、立場はSの方が上のはず、、、なんだけど、本質の主導権はM側が握ってるんじゃないの?みたいな話。
これって結構アウスラーじゃない?
こういう例って意外とある。
私が君を支えてる、と思ってたけど、君を支えてるという事実を心の支えにしている私は、君に支えられているのかな。とか。
劣等感を感じるということは、「こいつには勝てたのに」という見下しが入ってること、だったりするかも。
私の憧れのあなたは、あなたが私の思うあなたの型から少し身動ぎするだけで簡単に崩れさせることができる。
表層的な上下関係と、心理的な上下関係と、役割的な上下関係は常に同じとは限らない。
「視点を変えて」みれば、それらはいつでも入れ替わる。し、逆に私達は、自分のマインド次第で如何様にも入れ替えることができる。
それはまるで、猫足の風呂に入れられて、丁寧に身体を擦られる王様が、家畜のようにも見えるように。